雨も覚悟していたのに澄み渡った青空。
2年越しの念願だったハセツネのスタートに自分がいた。
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ハセツネを知ったのは2004年の秋。
山の中を夜通し歩く変わった大会。その程度にしか思ってなかった。
まだ当時はハセツネのWEBレポートは少なく、
最初に読んだのは大量の荷物を背負って、缶ビール数本を
持って歩く登山系の方の記事だった。
ビールを飲みながら山を歩くのかぁ。楽しそうだなぁ。
というのが最初に興味を持った理由。お気楽な理由。
..真っ暗な夜中の山中を歩く感覚ってどんな感じなんだろう?
..果たして1日で70kmも歩けるものなの?
何も経験がないのでそんなお子ちゃまな疑問しか浮かばなかった。
その後、何も行動せずに1年が過ぎ、2005年秋になり
まずは河川敷を走る5kmのマラソン大会に出てみた。
..5kmって距離がこんなに遠かったっけ??? と思うくらい遠かったぁ。
運動から10年近く遠ざかっていた体には十分に堪えたさ。
そしてぶっつけ本番で陣馬山トレイルレースに出てみました。
23kmの半分は舗装路で味気なかったけど、陣馬山の山頂から見た紅葉の
素晴らしさと、下りを疾走する感覚がトレイルランにはまるきっかけ
になった。ゴールはできたものの股関節が壊れるほど痛んだ。
陣馬山をきっかけに練習が必要なことがわかった。
けど、ロードの練習はどうしても淡白で気が乗らなかった。
でも体を作らないといけないと思って近所の遊歩道を走り始めた。
以外な発見は遊歩道にも季節感があることだった。
春は木々が芽吹き、梅雨はアジサイが咲き、夏は蒸し暑くも蝉が鳴き、
秋は木々が紅葉し、冬は雪も降って人も減って走りやすくなる。
2006年の春にはロードで何とか20kmを走りきれるようになった。
そして2006年7月、ハセツネの予行演習のつもりで北丹沢にエントリーした。
レース後、ある意味ハセツネよりも厳しいコースだと思い知りました。(爆死)
当時は情報源が少なくてえくんちょさんのサイトにはとっても助けられました。
事細かにレポートされていて重機のところが渋滞ポイントだとか、風巻ヘッドだとか
ギャバン キター!だとか予備知識はバッチリ!
北丹沢当日は第2関門に向かう林道を飛ばし過ぎて、第2関門から山にに入った途端に吐き気。
練習不足が胃に来てしまった。動き出すと吐き気に襲われるので休みながらの移動。
だんだん移動よりも吐き気が治まるのを待っている時間の方が長くなり、
結局10回以上リバースして廃人のようになりながらなんとかゴール。ビリ3位で。
その後、翌朝まで水分も食べ物も一切取れなかった。
帰りの車もエチケット袋とハンドルを握り、リーバスしながらの自動車運転。
危険ですよ。リバース運転は。ホント辛かった〜
あのまとわり着く空気の重さ。そしてリーバス無限大∞
パワージェルもバンバン食べ過ぎて気持ちわるぃ〜〜←主食ではないのだよ。
そんなわけで北丹沢は強烈なトラウマ系にインプットされてしまった。
そして北丹沢からあっという間に3ヶ月が過ぎ、ハセツネ本番を迎えた。
ハセツネ2006のことが何も書かれないまま、回想 後編へつづく!!
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