明らかにどこかでミスを犯した。
気持ちだけではどうにもならない現実がそこにはあった。
71.5kmはそんなに簡単なものであるはずがなかった。
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ハセツネ2006の本番当日はなんともすがすがしい秋晴れの日だった。
秋にしては暑く太陽が照りつけていた。
2000名の選手が中学校の校庭に集まり、皆の思い思いのサマを見ているだけで
これから始まる小冒険の予感にワクワクした。
未知の距離71.5kmをどう攻略していくのか。
ゴールすることが最大の目標であることは間違いない。
タイムは?
タイムを気にできるほど走りこんでもいないのだから。
走れるところは走りトレイルランを楽しむ?
走ることを楽しんでもゴールできるものなのか?
明確なイメージは出来ていなかった。
そもそも71.5kmに挑む前にフルマラソンすら走ったことがない。
走れるのはロードの30km程度。
それにがんばりすぎると気持ち悪くなる。←これはきっと練習不足なんだけど。
だから71.5kmをどう攻略するのか想像することもイメージすることもできなかった。
結局イメージできないままスタートに立っていた。
ある意味、初挑戦なので気楽だった。
気負いもない。
スタート位置は16時間以降に並び、
「ぷぉ〜〜ん」と気の抜けた合図でスタート。
ゲートを通るまで3分くらいかかった。
分相応なので焦らない。
周りの人たちと一緒にのろのろ走っていく。
廣徳寺手前の登り坂は歩く人がほとんどで一緒に歩く。
そして廣徳寺の林道で既に渋滞が発生。
渋滞につかまり周りの人たちがイライラしてるのが伝わってくる。
焦っても仕方ないので流れに身を任せ、動き出すまで静かに待つ。
渋滞の原因はたいしたことない。
ぬかるんだ水溜りがあり1車線に絞られるためだった。
その渋滞ポイントを通過すると山道は再び広がり渋滞も解消。
今熊神社にはスタートから31分で到着。
ここから本格的な登りが始まる。
3列に横並びの人たちが黙々と歩いていく。
みな無言で山を登る様は違和感があった。
不思議な光景だった。
今熊神社を登りきるとトレイルはまた1車線の狭さになる。
そうなると完全に遅い人のペースでの移動になる。
5kmを過ぎてしばらくするとまた渋滞が始まった。5分間の完全停止。
原因は1メートルくらいの段差のある岩場が原因だった。
一ッ飛びでクリアできるくらいの場所だけど、どうしても渋滞の原因になってしまう。
その岩場を過ぎて進み始めるとまた渋滞だ。今日3度目の渋滞。
今度は人一人しか通れない幅の入山峠の階段が原因。
7分間の停止。
普段は人がいない山中で1列に行列してる人たちはやっぱり変。
市道山(11.7km)あたりまでノロノロで我慢・我慢の展開だった。
登りも下りも平地も遅い人のペースに支配されていたから。
市道山を過ぎて山道が広がり、ここまで我慢していた気持ちが一気に爆発。
遅い人を抜き始めてしまった。あ〜やっちゃった。(>_<)
短気は損気。
自分も遅いくせに思い上がってた。
これで自分のハセツネが終るきっかけになるとはそのときは思いもせず。
長丁場のハセツネを一時の感情で自分から下りてしまった。
ゴールすることが最大の目標だったのに、いつの間にか人と競うことに
すり変わってしまっていた。
醍醐丸に着く頃にはかなり息が上がっていた。
この辺りで体調の異変を察知できればよかったのに。
三国山で夕暮れに染まる雄大な富士山を見て感動したのも束の間、
体は悲鳴を上げ始めていた。
第1関門の浅間峠には4時間40分で到着。
無理が内蔵に溜まり始めていた。
食べ物が喉を通らない。胃が受け付けなくなっていた。
浅間峠で20分の休息。
もう既に無理しすぎた時のパターンに陥ったのだ。
辺りは光の時間から闇の時間に引き継がれていく。
ヘッドライトを点けて浅間峠を出ると全く走れなくなっていた。
胃にも違和感が生まれ、北丹沢の第2関門以降のあの感覚が予感された。
25km地点には5時間半で到着。
ここからは北丹沢の再来。吐き気が治まらない。
一度リバースしたら胃の中が空っぽになって楽になった。
しかしそれも束の間、動き出すと新たな吐き気が生まれてハイ、リバスー。
何度もそれを繰り返し仕舞いには胃液もないのにハイ! リバス〜
もうこうなると水分補給も全くできなくなってしまった。
胃がすべてを拒絶してしまう。
次第に歩く時間よりも止まって胃の具合を計る時間の方が長くなった。
漆黒の森の闇に身を隠して、人が照らす光の範囲から外れて、吐き気と人が通り過ぎるのを待つ。
誰も数メートルと離れていない所に潜む自分の存在に気付くことなく通り過ぎていく。
だんだんと時間の感覚は薄れ黒い森と同化していく。
少し胃が落ち着くとだましだまし移動し、そしてまたリバス。
こんな状態を何度繰り返しただろうか。
なんとか30km手前の唐松地帯まで辿り着いた。
笹尾根の北の空が開けたその場所からは満月が煌々と蒼い光を放っていた。
とても穏やかで美しい光景だった。
月明かりで山の稜線のシルエットが浮かび上がっている。
御前山や大岳山が手に取るように見渡せる。
この気持ち悪ささえなければ幸せな闇の時間なのに。
30k地点までの5kmを通過するのに2時間を要した。
西原峠は明かりが灯されボランティアの方たちが暖かい応援を送っていた。
それとは逆に明るさの前に自分をさらけ出したくなかった。
人々の声援に応える気力も残っていなかった。
西原峠から下山する勇気もなかった。
三頭山の避難小屋で仮眠して回復できるか賭けてみよう!
時間の感覚はなくなり避難小屋まで亀のような遅さで辿り着いた。
避難小屋で横になってみたものの、今度は寒さで震え全く休まらない。
ロングTシャツとウインドブレーカーを重ね着しても10℃前後の気温の中で眠れるわけなかった。
40分ほど横になってみたものの吐き気は治まらず、寒さにも耐え切れず、
ここで全てを諦めてしまった。
避難小屋を出て、スタートから11時間かかり、やっと三頭山山頂に到着した。
蛸口峠なら回収されやすいと思い、蛸口峠まで下った。
三頭山山頂から蛸口峠まで下るのに2時間かかった。
蛸口峠ではボランティアの方が真夜中なのに応援してくれていた。
頭が下がる思い。
ボランティアの方に「リタイアします。」と告げ、2006初挑戦のハセツネはここで終った。
悔しさや無念さは全くなかった。
悔しさを感じるほど真剣に臨んでいなかったんだ。
都民の森の駐車場まで降りるのに30分ほどかかる中、ボランティアの方が付き添ってくれた。
既に体は冷え切り、寒さと疲労困憊、吐き気でボロボロだった。
駐車場に着くと暖かいアップルティを頂いた。
恐る恐る飲んでみた。
ここまで1滴の水すら胃が受け付けなかったのに不思議なことに飲めた。
本当にボランティアの方に感謝。
そこには棄権者用のテントが設置されていてストーブと毛布が用意されていた。
暖かかった。暖の喜びを体の芯から感じた。
車に乗れるようになるまで数時間休ませてもらった。
他にも数名の棄権者が横になっていた。
朝が近づき吐き気も治まりマイクロバスで会場に送ってもらった。
ゴールはまだ闇に包まれ空には星が輝いていた。
その暗闇の中を71.5kmの道のりを走破した選手がちらほらと現れる。
完走者たちに自分の姿を重ね合わせようとしてみても上手くいかなかった。
やはりゴールのイメージはレース前から、そしてゴールを直接目で見ても
最後まで描けないままだった。
2006年ハセツネ初挑戦は残りの半分を未踏のまま残して終った。
ゴールは来年にお預けだ。
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2007年、春からの週末はほとんど山を走ってきた。
やることはやってきたんだと思える。
ゴールするイメージは出来ているか?
今年はぼんやりとだが自分のゴールする姿をイメージすることができる。
そして、明日 2007ハセツネ 本番を迎える。
ハセツネ2006 回想 後編 そして2007へ
2007/10/19 00:37
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今年はいい笑顔で、ゴールされてください。
kurisukeさん
マカニ・トモさん
まだお会いしたことのない皆さんから応援を頂いて
ブログをやっていて本当によかったと感じています。
明日はハセツネに参加できることを最大限に楽しみます!
それではまた明日!